近年、AI(人工知能)の技術レベルが向上し、ビジネス、生活を含めてさまざまな分野で導入が進んでいるが、クラウドサービスにおいても状況は変わらない。AIを導入するクラウドサービス自体が増加している。
しかし、導入にあたってはいくつかの課題もある。その課題を克服しないと、AI導入によって事業者、あるいは利用者に不利益が生じることも考えられ、人的リソースとコストをかけたにもかかわらず、最悪導入失敗となる事態もあり得る。
そこで今回は、総務省が2022年2月15日に公表した「AIを用いたクラウドサービスに関するガイドブック」の指針を参考にしながら、クラウドサービスへのAI導入の課題について考えてみたい。
「AIを活用してビジネスを拡大させたい」「生き残るためにAIの活用は必須だが、まだよくわからない」という、AIビジネスをスタートさせたい方はぜひご覧いただきたい。
1. 「AIクラウドサービス」の特徴
「AIクラウドサービス」を簡単に説明すると、個々の企業や個人が所有するサーバーなどではなく、インターネット上に存在するクラウドサーバー上で、AIによる各種作業を処理させるサービスのことだ。クラウド上でAIを用いることで、特定のハードウェア・地域などに限定されることなく、インターネットに接続できさえすればどこからでもサービスを利用できるとして、近年多くのサービスで活用されている。
たとえば、クラウドサーバーにアップロードした動画データから音声を認識して文字起こしをさせたり、写真データをAIで解析して欠陥品などを解析したりといった用途で、すでに実用化されている。YouTubeやOffice 365のようなサービスでも、内部的にAIを用いているものは少なくない。
しかし、AIクラウドサービスを提供する企業側の立場に立ってみると、これまでのようにクライアントから委託を受けて専用サーバーを構築してAIサービスを提供するオンプレミスサービスとは違っている点が多々ある。
こうした部分は、サービス開発を受託している企業にとっては当たり前のことも多いが、いまAIを導入するなどして社内の働き方、サービスの品質を改善したいと考えているAI導入未経験の企業にとっては、想像しにくいだろう。
そんな「AI開発あるある」をご紹介したい。
AIクラウドサービスと顧客別の受託開発AIとの違い
クラウドサーバー上でAI機能を活用する最大のメリットは、データさえあればさまざまな顧客に対して同様のサービスを提供できるという点だ。
データの規模によるが、開発自体も「A」というクライアントと「B」というクライアントそれぞれにサーバー環境を構築する必要はなく、必要な機能をクライアント向けにカスタマイズするといった形で柔軟に対応できる。
AIクラウドサービスの開発の特徴
- 複数の顧客に提供するサービスであること。
- AIクラウドサービス提供事業者自らの投資で開発すること。(受託開発によるAIでは顧客が投資する。)
- システムの要求条件や仕様はAIクラウドサービス提供事業者自らが決定すること。
- 開発後にAIクラウドサービスを利用したい者が利用を申し込むという契約スタイルであること。
- オープンなネットワークを使用すること。
引用元:AIを用いたクラウドサービスに関するガイドブック[PDF]
「AIクラウドサービス」と通常のクラウドサービスの違い
「AIクラウドサービス」には大きなメリットがある一方で、AIを用いず、プログラムや人間の作業によってデータを処理する通常のクラウドサービスと違う点もある。
最大の違いは、AIには人間の判断が入る余地が少なく、利用者にとってはAIの精度や結果、その分析過程などを確認しにくいシステムであることが挙げられる。
もっともこの点は、AIが不確定要素もある技術であることを前提とすれば、「AIクラウドサービス」でもまったく問題なく運用は可能だ。そもそもAI自体が100%正しい解答を導き出すためのシステムではない。クラウドサービスに適したAI分析サービスや解析サービスなどに利用するなど、クラウドかオンプレミスかという使い分けが前提となる。
AIクラウドサービスのみの特徴
- システムのアウトプットは「90%晴れる。」のように確率的な結果になり、常に同じとは限らない。
- アウトプットの根拠や理由の説明が難しい。ブラックボックス的になっていることが多い。
- データ(学習用データおよび入力データ)がアウトプットに大きく影響する。
- アウトプットの利用に人間の判断が入らないものがある。
引用元:AIを用いたクラウドサービスに関するガイドブック[PDF]
2. 「AIクラウドサービス」の開発プロセス
こうしたAIクラウドサービスの課題を見るためにも、AI開発プロセスを確認しておこう。
総務省が発表したガイドブックでは、開発プロセスは次の5つのフェーズで整理されている。どんなAIサービスを提供したいかという「企画・計画」、サービスに必要な開発環境やAIに盛り込む最新技術などを調べる「開発準備」、AIを運用するための事前学習を行う「開発」、顧客に合わせたAIをカスタマイズする「個別調整」、そして運用しながら結果を調整していく「運用・保守」だ。
引用元:AIを用いたクラウドサービスに関するガイドブック[PDF]
「企画・計画」〜「開発準備」
まず、「企画・計画」のフェーズで、開発するAIをどのようなものにするか検討し、計画を立案する。人的リソースや資金リソースの割り当ても決定する。
次に、開発環境を整え、新しい技術やコンセプトについては実現可能性や効果を検証する。
「開発」〜「個別調整」
「開発」フェーズでは、データを収集・加工し、AIモデルの構築を図り、機械学習やテストを何度も行う。
続いて、顧客が利用する前に、AIの精度をチェックし、状況に応じて顧客ごとに追加学習などの「個別調整」をする。近年のAIモデルは、サービスとしてリリースする段階である程度の精度を出せるようにしなければならない。サービスを提供しながらAIの精度を育てていくといったアプローチは難しい。
「運用・保守」
開発されたAIが適切に運用されているか、開発事業者がモニタリングをしなければならない。問題があるようなら、改善・修正・追加学習などを行う。
この段階ではすでにサービスとして納品が終わった状態であり、AIクラウドサービスの運用自体は顧客が担当し、その状況を開発事業者がモニタリングするという形態が考えられる。たとえ開発は終了していても、成果を確認しながらブラッシュアップさせるといった保守管理も、満足感の高いAIサービスを提供するためには重要だ。
3. 「AIクラウドサービス」導入の課題
このように「AIクラウドサービス」の開発プロセスを見ていくと、各フェーズごとにさまざまな課題があることがわかる。この課題の克服は非常に重要で、開発事業者と利用者に利益をもたらすためには絶対に取り組むべきことだ。
そこで、どのような課題があり、どう解決していけば導入失敗にならないかをより具体的に考えてみよう。一度でもAIサービスの開発や導入を検討したことがある方なら、「あるある」と気づいてもらえることばかりのはずだ。
「企画・計画」フェーズにおける課題
「企画・計画」フェーズにおいてはさまざまな課題があるが、主なものを挙げてみよう。
まず、「AIを作ること」だけが目的になってはいけない。それでは、クラウドサービス利用者の用途に合致しなくなる恐れがあり、AIが最終的に使用されなくなるかもしれない。いかに利用者の目的に合わせるように開発するかがポイントだ。
例えば、ある画像の正誤判定をするとして、結果が伴わなければそれはAIの役割を果たせているとは言えず、調整が必須となる。しかし、AIクラウドサービスの制作予算のみでその修正までは含まなかった場合に、AIを作ったから終了とするのは意味がない。企画・計画の段階で実効性や調整の必要性までしっかり加味したプランにすることが必要だ。
次に、「AIポリシー」(基本方針。AI倫理とも呼ばれる)を内外に示し、それに従うようにすること。AIなら何でも開発できるということではなく、倫理性に基づいてしっかりと確立されたAIポリシーに従うAI開発計画を作らなければいけない。
IBMが公表しているAIポリシーによれば、「AIの目的」「データと洞察の所有」「透明性と説明可能性」の3点が原則として挙げられている。AIは人間の可能性を広げ、仕事の質を高めるためのものであり、AIの開発に使われたデータや、誰がどのようにAIを開発したかといったことを明確にできる状況でなければならない。
そうでなければ、一種のトレンドワードである「AI」の技術を本当は使用していないにも関わらず、「AI」という言葉をサービスの価値を高めるために悪用するようなケースも出てこないとは限らない。
また、データの整備計画も重要だ。AI開発ではデータが主要な役割を果たすので、きちんと収集方法や収集範囲などをきめ細かく計画しておく必要がある。これは時間も労力も要することなので、十分な作業時間を見込んでおく必要がある。
このほかにも、採算性や資金回収、PoC計画などをしっかり策定しておくことが重要だ。
「開発準備」フェーズにおける課題
「開発準備」フェーズにおいては、開発環境の整備が課題である。AI開発では高度の演算処理機器が必要になるので、その導入見積もりなども考え、データ量によってストレージも大きなものを準備しておかなければいけない。
自社でAI技術開発からハードウェア設備までを持つことが難しい場合は、「AIプラットフォーム」を活用するのも一つの方法だ。これなら、AIを活用できる準備が万端整っていることも多いので、あとは読み込ませるデータさえあれば利用がしやすい。
こういったプラットフォームも、クラウド上で運用しているものがあり、利用するデータ容量によって料金が変わってきたりする。データの容量、規模に応じて、オンプレミスがいいのか、クラウドがいいのかの判断も必要だろう。
「開発」フェーズにおける課題
「開発」フェーズでは、データ関連作業が多くを占める。データの整備ということであるが、具体的には機械学習用のデータの収集・加工などである。
データの収集方法はいろいろあるが、量、品質、コスト、時間など総合的に判断して最適な方法を選ぶ必要があるだろう。また、収集したデータが偏ったり、差別的になったりしないように注意しなければいけない。著作権にも留意する。
収集したデータの不具合があると、損害が発生することもあるが、そのようなときの責任所在の明確化も重要だ。万が一の事態でも対応できるように、特定のエンジニアにだけ頼るのではなく、いざという時にサポートできる環境を整えておくことが肝心だ。
また、AI開発においては、有志が開発し実質的に無料のオープンソースを活用することも多いが、メリットがある一方で留意点もある。
まず、バグなどでトラブルが生じたときは、オープンソースを利用している事業者のほうに責任が行く。また、オープンソースは無償提供ということもあり、損害賠償なども求めにくい。突然の修正や変更、バージョンアップにも注意をしよう。
品質向上への取り組みも大事だ。AIは出力結果が一定ではないので、品質保証はしにくいが、それでも品質向上へは不断の努力をすること。精度を上げ、公平性を担保し、セキュリティを確保するなどの対策が必須である。
「個別調整」フェーズにおける課題
クラウドサービスでは多くの顧客に同じサービスを提供するが、個別の顧客ごとの対応において調節が必要な場面も生じる。特にAIクラウドサービスでは、入力データによって各顧客への出力データが変わることが多いので、「個別調整」は非常に重要である。
個別調整がうまくできているか知る方法の一つがトライアルの実施だ。正式な契約の前に、顧客にトライアルで試しに利用してもらうことで、AIの精度や性能が個別に対応できているかを確認できる。
次に、顧客ごとに追加学習をしていくことがポイント。クラウドサービスのプログラムは、顧客ごとに変化させていくことは現実的ではない。それよりもデータの追加学習によって、出力結果の精度を向上させていくのが望ましい。プログラム自体は変えないのである。
「運用・保守」フェーズにおける課題
「運用」フェーズにおいては、入力データや機械学習の内容次第で出力結果も変わることがあるので、たとえ納品が完了したとしても、事業者による定期的なモニタリングが欠かせない。
精度の変化を確認し、問題を見て原因を分析。そして、利用者の意見も分析し、そこから改善へと進めたいところだ。しかし、モデルの修正を行うと、利用者側の作業に影響が及ぶことがある点には留意しよう。この「保守」の作業部分もしっかり盛り込んだプランとしたい。
4. 「AIクラウドサービス」を外部委託する場合の課題
本稿では、「AIクラウドサービス」を開発する企業側の視点に立ってご紹介してきたが、中には自社に開発部門がなく、「AIクラウドサービス」の開発を外部委託する企業もあるだろう。その場合の課題も見ておこう。
まず、品質管理についての取りまとめをしておくこと。学習用のデータ範囲、テスト用のデータ範囲、出力結果の精度に関して委託仕様書などに盛り込んでおかなければならない。
データ収集・加工も外部委託する場合は、データの範囲・量・種類・分布などを明確にし、納入してもらうデータのフォーマットをしっかり作る必要がある。そのうえで、データ収集において法令を守ってもらうことも大切だ。出来上がったAI自体の性能が高いとしても、開発の経過の中で違法なことをしていれば、いつトラブルに巻き込まれないとも限らない。「AIポリシー」を明確化することは、これからのAIビジネスにおいて必須事項となる。
外部委託先との責任分担については、AIのデータや学習の成果、設備投資といった諸々の確認時事項についても、契約書などに明確に記載しておこう。
5. 「AIクラウドサービス」導入には目的設定が前提
クラウドサービスにAIを導入する企業は今後も増えていくはず。ただ、導入にあたっては課題もあり、前述のような課題を克服しないまま見切り発車すると、失敗してしまう可能性が高い。
これからのAI開発は、AIの基礎技術を開発するよりも、すでに存在するAIモデルを自社のニーズに当てはめるといった考え方が主流になっていく。すでにAIエンジニアよりも、AIを理解し、エンジニアとの間をつなぐ「AIスペシャリスト」の方が市場には求められている。
もしこれから自社で「これからはAIを導入しなければダメだ」といった漠然とした危機感から、目的なしにAI導入ありきと考えているような場合は、今回ご紹介した総務省の指針なども参考にしながら、具体的な企画・計画を考えた上で、本当にAIが必要なのかといった方策を考えていく必要があるだろう。
参考文献:
「AIを用いたクラウドサービスに関するガイドブック」の公表(総務省)
AIを用いたクラウドサービスに関するガイドブック[PDF](総務省)